Skip to content

ヤシカマット レストア記ーその2(ファインダー編-1)

さて、いよいよヤシカマットのレストアの開始です。まずは雑巾を固く絞ってカメラの汚れやカビを拭います。頑固な汚れは中性洗剤を少しつけて拭き取ります。これだけでもカメラは見違えるほど綺麗になります。

カメラの汚れを拭き取ったら、カメラ上部のフードを外し、内部のミラーやピントグラスの汚れを落とします。

フードを開き、左右2ヶ所ずつ、合計4ヶ所のネジを緩めます。

Yashika_Mat_01

ネジを外したらフードをまっすぐ上へ持ち上げて外します。

Yashika_Mat_03

ミラーはホコリで汚れてはいますがカビは見あたらず、この年代のカメラとしては非常に綺麗です。

ミラーは、一番底の部分と中央部左右の3ヶ所のツメにミラー裏側の板バネで押しつけられています。上部のツメ(写真の赤丸) を下に押して外し、ミラー縁を持って全体を少し下へ押しながら外側へスライドさせて外します。このときミラー面を指で触ったりツメでキズをつけたりしない ように気をつけましょう。

Yashika_Mat_04

ミラーを外したら、板バネも外し、綿棒などでカメラ内部の汚れやホコリを拭き取って綺麗にします。ビューレンズの後端もレンズクリーニングペーパー を割り箸の先に巻き付けるなどしてホコリや汚れ、カビなどを綺麗に拭き取っておきます。レンズの汚れやカビがなかなか取れないときは、クリーニングペー パーに少量の水やアルコール(無水エタノール)を含ませて拭き取ります。

Yashika_Mat_06

次はフードの底に取り付けられているピントグラスを外します。ピントグラスは磨りガラスとプラスチックのフレネルレンズを重ね、上下2ヶ所を板バネ で留めてあります。板バネは、中央部を押し下げてフード側の出っ張りから外せば取れるのですが、これがけっこう難しい。細いマイナスドライバーなどでこ じって外そうとすると、ピントグラスの縁を傷つけたり、フレネルレンズにキズをつけたりするので注意しましょう。

ウギャー!!手元が滑った・・・フレネルレンズにキズが(写真の赤丸内)・・・・、やってしまった。

Yashika_Mat_07

傷つけてしまたものはしょうがない。皆さんにはフレネルレンズをあらかじめマスキングテープで保護しておくことをお勧めします。

板バネを引っかけているフード側の出っ張りはけっこう柔らかいので、十分に起こしてから板バネを外すのもコツです。板バネを外したらピントグラスと フレネルレンズをフード後部に抜き取ります。板バネを引っかける出っ張りがじゃまなときはピントグラスが引っかからないところまで押し込んでください。

Yashika_Mat_09

これでなんとかピントグラスとフレネルレンズが外れましたが、フード側にけっこう広範囲な錆があります。

さて、どうしたものか。錆は塗装を剥がして除錆剤で錆を落として黒く塗り直せばいい。しかし、フレネルレンズのキズはどうしよう。このままだとファ インダーを覗いたときにピントグラスに糸屑が張り付いたようなキズが目立ってしまう。完全主義者の私としては許せない。ちょうど同じ年代のヤシカフレック スのフレネルレンズがあったので合わせて見たら、サイズは合うが透明感がまったく違う。ムムム、これがカメラの値段の差か。

とりあえずミラーとピントグラスとフレネルレンズを中性洗剤を使って綺麗に洗い、乾燥させる。 しかしやはりどうしてもフレネルレンズのキズが気になる。幸いレンズ側ではなくフラット面側なのでなんとかなるかもしれない。思い切ってミニグラインダーのバフで磨いてみた。

どひゃー! キズは目立たなくなるどころか摩擦熱で表面に凹凸が・・・ キズがさらに広がってしまった。

落ち込んでしまいました。続きは次回。

ヤシカマット レストア記ーその1(準備編)

カメラのレストアに欠かせないのは精密ドライバやピンセットなどの工具類や、細部をチェックするためのルーペなどです。中でも古いカメラの分解で最 も重要なのはドライバです。特に錆び付いてかたくなったネジなどをゆるめるときは、ネジの頭にピッタリと合うサイズのドライバを使わないとネジを壊しかね ません。
私の愛用品は、レンズを交換すれば自由に倍率が調節できるヘッドルーペ、先換え式の精密ドライバ、単品で使用頻度の高い00番のクロスと 1.8×0.5mmのマイナス、ツル首ピンセットなど。先換え式の精密ドライバにはトルクスも入っていますのでノートパソコンのHD交換などにも使えま す。

TOOL_01

単品で購入することはできませんが、とても重宝しているのがiPodの交換バッテリに付属のケースをこじ開けるツール。プラスチックなのでボディやレンズを傷つけずに部品を外したり、汚れや錆を落としたり、ビニールレザーをはがすことができます。

TOOL_05

工具は、カメラを分解するにつれいろいろなものが必要になりますが、それらの工具はその都度紹介します。

さて、古いカメラで最もやっかいなのが「錆」です。私はネット検索でとても良い除錆剤を見つけました。「エスクリンS-800」という鉄や銅、真 鍮、ステンレスなどの錆が落とせる中性で水洗可能、有害物質を含まない環境にもやさしい除錆剤です。プラスチックや塗装部分を傷めることもありませんし、 プリント基板にも使えますので非常に便利です。ネットでのみ1リットルボトルを購入できます。「エスクリンS-800」で検索するとすぐに見つかります。

TOOL_06

分解できる部品やネジなどは小皿などに液を入れて浸けておき、外せないところは綿棒で液をつけて錆が落ちたら十分に水拭きします。臭いはけっこう強烈なので、 長時間嗅いでいると気分が悪くなることがあります。換気扇の下などで作業することをお勧めします。

塗装部分の錆は塗装を剥がして錆を落とし、塗装し直すことになりますが、私はプラモデル用のアクリルラッカーを使っています。塗った後が目立つときは、コンパウンドで磨くと目立たなくなります。

TOOL_07

上の写真は左から「黒」、「つや消し剤」、「透明」、「溶剤」です。下は筆のベーシックセットです。ラッカーがそれぞれ150円、筆が300円、量も値段もお手頃です。水溶性なので使用後の筆や容器の手入れも楽です。

TOOL_08

コンパウンドは「粗目」、「細目」、「仕上げ目」 を揃えています。これらのラッカーとコンパウンドは意外なところでも役に立ちます。その話は次回のお楽しみ。

レトロなフィルムカメラーその2(ヤシカマット)

今度は1957年製のヤシカマット(Yashica Mat)という中判カメラを入手。通称「二眼レフ」と呼ばれ、ブローニー(120)サイズのフィルムをセットし、6cm×6cmのフィルムサイズで写真を撮影します。

DSC_0253


なぜレンズが二つも付いているかというと、上側はビューレンズといい、レンズの後ろにあるミラーで光軸を90°上に曲げ、ピントグラスに結像します。写真 を撮るときはカメラの上からこのピントグラスをのぞき込み、構図とピントを合わせます。下のレンズはテイク(撮影)レンズといい、シャッターと絞りが付い ており、シャッターを切るとフィルムに結像します。

外観は目立ったキズや錆はほとんどなく、レザーのひび割れや剥がれもありませんでしたが、さすがに50年という年月を感じさせる汚れやカビ、ホコリはそれなりに目立ちます。

DSC_0345

DSC_0357

フィルム室はとてもきれいでそのままでも問題なさそうです。

DSC_0323

ファインダーはけっこう汚れているので分解して清掃が必要です。

DSC_0297

フィルム室のカバーを開き、空のスプールを巻き取り側へセットしクランクを回すとちゃんと1枚目の位置で止まります。クランクを逆方向に止まるまで 回し、シャッターボタンを押すと、一応シャッターは切れました。しかし、シャッター速度を変えながら何回かシャッターを切るうちに動きがだんだん怪しく なってき、ついにシャッターが切れなくなってしまいました。しばらく時間をおくと回復します。どうやら長期間使わない間にシャッターが粘ってしまっている ようです。修理が必要か、しばらく使っているうちに回復するか悩むところです。

DSC_0397

私は、このような汚れたり壊れかけたカメラを見ると「早くきれいにして!」、「早く修理してよ!」とカメラが言っているような気がして、居ても立ってもいられなくなります。皆さんに使用前の状態を見てもらおうと撮影をするのも待ちきれないくらいです。

でも、このようなレトロなカメラのレストアに焦りは禁物。じっくりと各部を観察したり、ネットを検索してカメラの情報を収集し、慎重に進めないと修 復不能な状態になってしまうことがあります。ちゃんとした工具やクリーニング剤、接着剤、オイルなどの準備も必要です。何度もネジ山を潰して泣きを見た経 験者が言うので間違いありません。

次回からこのカメラのレストア記をしばらく連載しますかね。乞うご期待!!

レトロなフィルムカメラーその1(コニカ3M)

8ミリテレシネの話はちょっとお休みしてまたの機会に。

最近、レトロなフィルムカメラにはまっています。
最近手に入れたのはコニカ3M(Konica IIIM)という1959年製のカメラ。

DSC_0160


<セレン光電池ヒンジ部の左右にひび割れがある>
実は、このカメラには格別の思い入れがありました。亡くなった父愛用のカメラだったのです。私が高校生くらいからはほとんど私のカメラになっていたのですが、大学の頃落として壊してしまいました。
購入時の値段はたぶん父の当時の給与の2倍以上はしたと思います。以来、いつか何とかしたいと思ってはいたのですが、その気持ちを伝えることもないまま父は他界してしまいました。

ところでこのカメラは、「ヘキサノンレンズ最後の名機」と言われるほど優れたレンズで有名でした。当時はまだカラーフィルムは高価で、白黒フィルム が主流の時代。カメラの評価は白黒写真の描写力で決まりました。「キヤノンはハイコントラストでシャープ」、「ニコンはソフトで切れが良い」などと評価し ました。カメラメーカー毎にレンズに独自の味(特長)を持っていたのもこの時代でした。
このコニカ3MのF1.8 50mmヘキサノンレンズは、ソフトで切れが良く、ニコンレンズをも凌ぐヘキサノン最高傑作と評価されていたのを覚えています。

入手したカメラは、汚れやサビは多少あるものの、レンズはカビもなくクリアで、シャッターリングや絞りリング、ピントリングにガタもなく動きもス ムーズでした。ただ欠陥は、このカメラの特長の一つである折りたたみ式のセレン光電池取付部のプラスチックがひび割れていたのと、距離計が狂っていたこと くらい。

距離計はファインダー横の丸い点検口を開け、調整用のネジを回して無限大側の二重像のズレを合わせればOK。

DSC_0150

<中央の建物の二重像がずれている>

DSC_0159

<点検口を開けて距離計の調整ネジを回して、二重像を一致させる>

折りたたみ式のセレン光電池は、ヒンジピンを抜いて取り外し、分解し、プラスチックのひび割れは瞬間接着剤で補修し、金属部や接点の汚れやサビを落とし、全体をクリーニングして組み立て直すとほぼ元通り。

DSC_0165

 DSC_0172

<ヒンジ部がひび割れて壊れている。左下の黒い板がセレン光電池>


セレン光電池は、50年近く経っても性能の劣化は少なく、接点の汚れやサビを落とすとほぼ正常に戻ります。このカメラも、最新の露出計の値とほぼ同じ値を指しました。

各部の汚れやサビを落として磨き上げたらこの通り。とても50年近く前のカメラとは思えないように蘇りました。

DSC_0199

<セレン光電池ヒンジ部のひび割れはもうわかりません>

DSC_0197

<セレン光電池をたたんだときの外観>

秋に父の十七回忌の法事があるので、そのときにはフィルムを入れて法事の様子を撮ってこようと思っています。

8mmムービーの話

突然ですが、8mmムービーの話を。
1970年代初頭、まだビデオカメラはなく、8mmムービー全盛の時代でした。そして1975年ソニーがβマックスを発表、翌1976年にはVHSと、8mmムービーは徐々にビデオに取って代わられ、1980年代初頭にはカメラも映写機も製造は打ち切られました。
ところが最近、メディアでもこの忘れ去られようとしていた8mmムービーが話題になっています。つい先日も某テレビ局の朝の番組で取り上げていました。そ れは、当時の映像を後世に残したいと考える人たちが増えていることや、いまだに8mmムービーに魅せられたマニアの人たちが数多くいるからなのです。
私も当時8mmカメラで子供たちの記録をフィルムで残してきた世代です。そしてその記録を子供たちに渡したいと考えているのですが、フィルムをそのまま渡しても映写機がなければ見ることができません。
ビデオに変換してくれる業者もけっこうあるのですが、安いところでも10分で3,000円~5,000円します。ちゃんとした装置を使って変換してもらう にはもっとします。そんなにヘビーに撮影しなかった私ですが、それでも延べ10時間くらいのフィルムが残っています。全部頼めば20万円くらいはかかって しまう。
もっと手軽にビデオに変換できないか、できればパソコンに取り込みたい、何とかならないものかと考えました。
2004年の春のことです。これがとんでもない方向へ進み始めようとは、このときはそんなに深くは考えていませんでした。

8mm


<写真は私の8mmカメラ(1974年製)と映写機(1975年製)。どちらもまだ動きます。>

「物作り」最終章~コードリール完成

ようやく「物作り」への挑戦も最終章を迎え、なんとか発売開始にこぎ着けました。
物はイヤーホン用コードリール。使うたびにもつれをほどくもどかしさと、スマートな製品が売っていないというのがきっかけでした。

Cordreel


どうしたら小さくできるか、どんなデザインにするか、何度も図面を描き直し、試作品を作り、テストする。お金も時間もかかりましたが、物を作り上げていく工程は、マニュアルの執筆とも共通点があるように思えました。
ただ違うのは、成果物が自分のものであるということ。自分で売らなければならないということ。売れるだろうか?クレームは来ないだろうか?心配事は尽きませんが、売らないことには今までの苦労も報われません。
ということで、本日から当社のShopサイトで発売開始。「開発記」や「使い方Q&A」も付けました。「使い方Q&A」には動画を付けました。
みなさん、買ってちょうだい!!

DVD作っていました

気がつけば年も明け、明日から3月、もう春ですね。
昨年から今年にかけて物作りの最終段階にDVD制作、コンペの資料作りと仕事が重なり、ついついブログも後回し。
DVDは、頸椎損傷者のための在宅リハビリガイドというもので、日本せきずい基金というNPO法人からの依頼でした。私としては十数年ぶりのビデオ制作 だったのですが、この十数年でビデオ編集の現場も大きく様変わり。DVDプレス用の最終オーサリング以外はすべてパソコンでできてしまいます。
昔は秒単位の編集シートを作り、1時間数万円という編集室を借りて行っていたビデオ編集作業もマウスドラッグで簡単にできてしまいます。しかも、音声の編集やテロップなどの文字を入れる作業も同時にできます。
変わらないのは作業がリアルタイムでしかできないというくらい。こればかりはしょうがない。
問題はビデオ編集ソフトが高額なことと、処理速度が速く、HD容量の大きなパソコンが必用なことですかね。
当初トータルで45分以内という目標が100分近くという大作になってしまいましたが、そこはDVD、数分単位のストーリーをメニューで構造化。ビデオテープみたいに連続して見なくてすむのがDVDのメリット。内容重視でほぼ満足できる作品ができました。

DVD

興味がある方は「日本せきずい基金 http://www.jscf.org/jscf/index.htm」へお問い合わせください。

「物作り」にチャレンジ その後

前回のメッセージで11月半ばに公開と言ったのですが、納品されてきた製品を見て愕然!
製品にはポケットなどに留められるようにステンレスのクリップが付いているのですが、バリは取っていない、洗浄もしていない。
何に使う物かわかっているはずなのに「指示がなかったので・・・」だそうです。
品質を売り物に国内の業者を選んだはずだったのですが、もはや日本の物作りの現場もレベルが低いと言わざるを得ません。それとも一元客ということでバカにされたか。
いずれにしてもとても情けない気持ちでいっぱいです。
というわけで今、手作業で修復の最中。欠陥品は売れませんからね。発売開始は年明けになりそうです。
つくづく物作りの難しさを実感しています。
マニュアルにしても、クライアントに頼まれて作るのと、自社製品のマニュアルを作るのでは神経の使い方が全く違うということにも気をつかされました。
ちょっとしたところでも、これでいいのだろうかと気になって何度も書き直す。印刷してからも気になってペラを作ってみたり。逆の立場になるとこうも違う物かということも今更ながら体験しました。
今までクライアントにけっこう無責任なことを言ってきたような気もします。ごめんなさい。

「物作り」にチャレンジ

最近、無謀にも「物作り」にチャレンジしています。
プラスチック製の小物です。学生時代に図面を描いた経験はあったのですが、実際に製品化したことはありませんでした。
3回程の試作でようやくイメージに近い試作品を作り、いざ製品化しようとすると問題続出。
コミュニケーションが取りやすいようにと近場の業者に金型を依頼したのですが、素人の一元客とプロではなかなか意見がかみ合わず、なかなかこちらでイメージした試作品ができてこない。
すったもんだで4ヶ月遅れ、ようやく量産にこぎつけました。
今回の「物作り」で学んだ教訓は「知識の無さは足下をすくわれる」。
けっこう高い授業料を払うことになりましたが、ここを通過しなければ新しいことにチャレンジはできない。ここで得た新たな知識は、次の「物作り」に生きてくる、と前向きに考えることにしました。
11月の半ばには製品が完成します。そのときはこのブログでお披露目します。乞うご期待。

はじめてのあっぷる

懐かしついでにApple IIcの話題をもうひとつ。Apple IIcの発売を直前に控えたある日、販売代理店から「もっとユーザーに役立つ企画を考えてほしい」と、当時いっしょに仕事をしていた制作会社のA氏に依頼 がありました。そして完成したのが「はじめてのあっぷる」という副読本。Apple IIcを買うともらえるというもの。後に小学館から市販され、そこそこ売れたと記憶しています。

Apple


「はじめてのあっぷる」は製品添付のマニュアルではないので、思いっきり自由な発想とA氏のコンピュータに対する思い入れを詰め込んだ、当時としては画期的なパソコン初心者向けの書籍に仕上がりました。
童話風のプロローグとエピローグ。Q&A方式のコンピュータ相性診断プログラム。アプリケーション紹介やトラブルシューティング、クイックリファ レンス、用語解説。パソコン初心者が知りたい、わからないと思うことをとことん追求し、答えを盛り込んだのです。「入力」という言葉ですら「わからない」 と言われた時代、ほのぼのとした優しさが伝わってきます。
しかし、制作現場は修羅場でしたね。夜なべ徹夜は当たり前、印刷入稿が午前2時なんてこともありました。1984年の夏でした。