Skip to content

Monthly Archives: 12月 2005

読む気もしない原稿とは・・・

もう一人、私にライティングの基本を教えてくださった方がいます。1979年の冬だったと記憶していますが、浜松の某楽器メーカーでサービスマン向 けの「オーディオ・ガイドブック」という小冊子を作ることになり、私はそのコーディネータを任されました。まだコンポーネントステレオ全盛の時代でしたの で、小冊子は「スピーカー編」、「プレーヤー編」、「カセットデッキ編」、「チューナー編」、「アンプ編」と分かれていました。

AudioHandbook

そして、それぞれにライターを探して執筆してもらうことになったのですが、どうしても「アンプ編」のライターが見つかりませんでした。結局私が書く ことになってしまったのですが、知識は若干ありましたが、原稿を書くのは全く始めてでした。他の人たちの原稿をまねてなんとか半分ほど書き上げて担当者に 見てもらったのですが、数日後、返却された原稿を見て茫然としました。表紙に黄色のポストイットが貼ってあり、そこに以下のようなコメントが書いてありま した。
「数ページ読ませていただきましたが、以降読む気がしません。」
どうしてだろうと、気をとり直して次のページを開くと、そこにもポストイットにコメントがありました。
「文章は短く、できれば50文字以内で句読点で切ってください。主語を明確にして、ひとつの文章でひとつのことをいうようにしてください。」
自分の文章を読み返して納得しました。複文、重文、ダブル修飾のオンパレード。書きたいことが先行し、自分の思い込みだけで書いてしまった文章の見本でした。
それから担当者のコメントを忠実に守って書き直し、再提出から返却された原稿を見て、今度は思わず感激してしまいました。
「ずいぶん良くなりましたね。以降の原稿もこの調子でお願いします。」
このときの気持ちはいまだに忘れられません。
今、このときの担当だった方は、某楽器メーカーの子会社の社長さんだとか。機会があれば再会したいと思っています。

一筋の光明

「理科系の作文技術」の冒頭には次のようなくだりがありました。

—以下「理科系の作文技術」からの引用—

1940年、潰滅の危機に瀕した英国の宰相の座についたウインストン・チャーチルは、政府各部局の長に次のようなメモを送った。

われわれの職務を遂行するには大量の書類を読まねばならぬ。その書類のほとんどすべてが長すぎる。時間が無駄だし、要点をみつけるのに手間がかかる。
同僚諸兄とその部下の方々に、報告書をもっと短くするようにご配慮ねがいたい。

1. 報告書は、要点をそれぞれ短い、歯切れのいいパラグラフにまとめて書け。
2. 複雑な要因の分析にもとづく報告や、統計にもとづく報告では、要因の分析や統計は付録とせよ。
3. 正式の報告書でなく見出しだけを並べたメモを用意し、必要に応じて口頭でおぎなったほうがいい場合が多い。
4. 次のような言い方はやめよう:「次の諸点を心に留めておくことも重要である」、「…を実行する可能性も考慮すべきである」。この種のもってまわった言い廻 しは埋草にすぎない。省くか、一言で言い切れ。思い切って、短い、パッと意味の通じる言い方を使え。くだけすぎた言い方でもかまわない。

私のいうように書いた報告書は、一見、官庁用語をならべ立てた文書とくらべて荒っぽいかもしれない。しかし、時間はうんと節約できるし、真の要点だけを簡潔に述べる訓練は考えを明確にするにも役立つ。
———————————–

僅かな執筆経験はあったにせよ、コンピューターのマニュアルを書くのは初めてで、しかもマニュアルに関する書籍などまったく見当たらない時代に、筆者にとってはまさに一筋の光明でした。そして、現在でもこのくだりが筆者の文章表現の基本となっています。

木下是雄先生著「理科系の作文技術」

「PIPS III」のマニュアル、書いてみるとは言ったものの、いざ書き始めると挫折の連続。それからの3ヵ月というものは、まさに地獄の3ヵ月でした。担当者やプ ログラマーの会話はまるで雲の上の会話で、内容を理解するのに何日もかかったこともありました。僅か数行の機能概要を書くのに3日3晩悩んだこともありま した。
技術的な内容や機能を理解するには、徹底的に製品を使ってみることでなんとか答えは見つかりました。しかし、表現方法の答えを見つけるのには苦労しました。どう書けばいいのか、マニュアルに関する出版物もなければ、相談にのってくれる人もいませんでした。
このとき電話の主が「倉ちゃん、これ読んでみたら」と紹介してくれたのが、当時学習院大学名誉教授木下是雄先生の「理科系の作文技術」(中公新書)でした。

テクニカルライター誕生

「この原稿どう思う?君ならどう書く?」と見せられた原稿は、なんとPIPSのニューバージョン「PIPS III」のマニュアル原稿の一部だったのです。その原稿はまるでプログラマー向けの機能解説。2週間「PIPS II」を使ってみて「こんなことがしたいのにどうすればいいのか書いてない」、「こんなときにどこを見たらいいのかわからない」など、けっこうフラスト レーションがたまっていたこともあり、「これじゃ今までよりもっとわからない、すこし書いてみますよ」と言ってしまったのです。
でも、オーディオ装置のマニュアルは多少書いたことはありましたが、ソフトウェアしかも汎用性の高いビジネスソフトは初めて。原稿用紙に文字を並べても自 分がイメージしているものが表現できない。そこで、A4の真っ白な用紙にできあがりをイメージしながら書いてみることにしました。今ならDTPソフトで簡 単にできるのですが、当時はまだワープロさえ普及していなかった時代。まるでスケッチみたいな原稿になってしまいました。
この原稿を電話の主へ「どうしてもページ全体のイメージも見てもらわないと自分の言いたいことが伝わらないもので」と見せたところ、「そうなんだよ!これなんだよ!、早速お客さんに見せてきてくれる?僕は別の用事があるんで一人で行ってきて」だって。
私は何年も袖を通したことがなかったスーツを引っ張り出し、まるでリクルートの学生みたいなかっこうで打ち合わせに向かったのでした。そして、これが私のテクニカルライターとしての出発点ともいえる打ち合わせだったのです。